BLUE ROSE/WHITE ROSE

前編 

青い薔薇の花言葉。それは、"不可能"----
不思議な魔力を持った薔薇を愛してしまったものは、二度とその魔力から抜けることは出来ない


「こちらの温室にいらっしゃいますよ」
「どうも」
 案内されて、青年が薔薇の花園に足を踏み入れた時、花を摘んでいた天使が振り返った。
 正確には、青緑の大きな瞳と栗色の髪を持つ少女だったのだが、白い薔薇に囲まれた彼女はまさしく"天使”だった。
「あなたが、私の新しいボディ・ガードの方ですか?」
 物怖じせずいとも簡単にこの台詞を吐くとは、相当な数のボディ・ガードを雇っているらしい。
 少女の問いに、青年は苦笑すると、彼女に封筒を差し出した。
「アリオスだ。これはニュースコットランドヤード(1)からの紹介状と身分証明書」
「有難うございます」
 少女は手馴れた手つきで書類を丁寧に見て取り、、本物であることを確認した。
「アンジェリーク、コレットです。宜しくお願いします」
 彼女は小さな手を差し出し、アリオスの大きく繊細な指を持つ手がそれを強く握る。
「宜しくな」
 二人は固く握手をし、ここからアリオスのボディ・ガードとしての任務が遂行される。
「でもびっくりした。こんなに若い人がボディ・ガードだなんて・・・」
 先ほどの物怖じしない表情とは打って変わって、彼が本物とわかってほっとしたのか、少女らしい明るい顔にアンジェリークは戻った。 
「クッ、今まではオヤジばかりだったのかよ?」
「そうよ。皆さんヤードを引退されるような方が多かったから。あなたも、ヤードの方?」
 アリオスは、光を弾く宝石のような銀色の髪をサラリと揺らしながら、頭を振った。
「ヤードからの派遣だが、俺は正確にはヤードの人間じゃない」
「派遣ボディ・ガード?」
「まあ、そんなとこだ」
「最近はそんなのまで派遣があるんだ」
 少女の無邪気な答えに、アリオスは、思わず喉を鳴らして軽く笑ってしまった。
「わ、私、変なことを言いましたか?」」
 どうして笑われたのか判らず、アンジェリークは顔を真っ赤にさせて、彼に理由を請う。
「いや」
 整い過ぎていて、冷たい印象のあるアリオスの貌だちが、彼が、甘い微笑を浮かべることで、一気に深い優しさを帯びるのを、アンジェリークは見逃さなかった。
 思わずうっとりとアリオスの横顔を見とれてしまう。
「おい」
 踏み込むようにアリオスに声をかけられ、アンジェリークははっとして、彼の横顔から視線を外す。
「あ、何でしょう」
「悪いけど、敬語はやめてくれねぇ? これから一緒に行動することになるから、堅苦しいのはちょっと」
「判りました」
 アリオスの提案は、むしろアンジェリークには嬉しかった。今までかなり気を使いながら、低姿勢でガードをしてもらっていたせいか、かなりの精神的な負担になっていた。
「サンキュ。ところで、仕事の詳細はざっと、ヤードのヴィクトールに聞いたが、整理をするためにも、おまえから直接聞きたい」
 アリオスは切り込むように言い、暗い煌きがよぎる翠と金の瞳が彼女を捉えた。
「はい。ヴィクトールさんは、父の飲み仲間だったの。それで、今回の件でも力を貸してくださったのよ」
 アンジェリークはふと寂しそうな微笑を浮かべる。その笑顔は華奢な彼女を益々儚く見せ、頼りなく見せた。
 強がっていた緊張の糸がぷつりと切れ、今にも倒れそうなほど弱々しく見え、先ほどの彼女とは、全く印象が違っていた。
「私の父は科学者で、先月、研究室で何者かによって銃で殺されたの。銃弾の位置の正確さから、おそらくプロの犯行だろうとヤードは判断しているわ。
 私は・・・、父が何を研究していたかは具体的には知らなかったけど、何か大変なことだったみたい。。その研究成果が纏め上げられたフロッピーがなくなり・・・」
「おまえが狙われてるわけか・・・」
 コクリと真摯に彼女は頷き、思いつめたような眼差しを彼に向けた。
「オッケ。おまえは、そのフロッピーのこと以外では、狙われることが思い当たらないと、いうんだな?」
 今にも燃え上がりそうな激しさを秘めたアリオスの瞳の奥が僅かに動いた。
「うん」
 彼女は唇を血が滲むほど噛み締めながら、再度頷く。
「判った」
 彼の言葉は簡潔でありながら、総て的を得ており、アンジェリークは本能で、彼なら総てを預けられると感じる。それは、父親をなくして依頼、彼女が始めて手にした安心感だった。
「私がお話できるのは、これだけだわ」
「了解。後は俺の仕事だな」
 彼は、フッとその神秘的な瞳に笑みを浮かべ、彼女の目の中を覗き込み、安堵を与える。
「有難う」
「どういたしまして」
 アリオスの口角が僅かに上げられると、アンジェリークもつられていつのまにか微笑んでいた。
「じゃあ、今日の予定とやらを聞かせてくれ」
「薔薇の剪定が終わったら、薔薇の研究会に顔を出す予定」
「薔薇か・・・、ここの温室は立派だな」
 白っぽい薔薇でいっぱいの温室を見渡しながら、アリオスは、感心しているかのように、何度も頷く。
「でしょ?」
 剪定をしながら話す彼女は、本当に嬉しそうだ。よほど薔薇が好きなのだろう。
 彼女が、いつのまにか、愛らしく彼に映り、内心焦ってしまう。
「でも、どうして白ばっかなんだ? もっと綺麗な色の薔薇はあるだろう?」
 アリオスは、薔薇を手にとりながら、 不思議そうに愛でる。
 ふいにアンジェリークの表情が愁いを帯び、彼女は固い笑みを浮かべると、宙を見上げた。
「----お父さんが、趣味と研究を兼ねて、青い薔薇を研究してたから」
「栽培が不可能と言われている、あれか?」
「そう。よく知ってるわね」
 アンジェリークは薔薇を一輪摘むと、それを鼻先にもっていった。
「ここにあるものは、総て掛け合わせて"青い薔薇"にしようと、栽培されたものなの。見事に白いけどね」
 彼女はふふと自嘲気味に笑うと、アリオスに薔薇を一輪差し出した。
「花言葉は"不可能"か・・・」
 彼も彼女と同じように鼻先にもってゆき、香りを愛でる。
「薔薇を栽培するものなら、誰だって、"青い薔薇”を栽培したいって、思うわ」
 アンジェリークのうっとりした声が、彼の心に降り落ちる。

 "青い薔薇"は、人を狂わす悪魔なのかもな・・・    

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 青い薔薇の研究についての意見を述べ合う会合が、ロンドンの中心街に位置する”サヴォイ・ホテル”で行われるため、アンジェリークとアリオスは、彼の車でそこに向かった。
 アリオスの車は、シルヴァー・メタリックのBMW−Z3で、彼の雰囲気にぴったり合ったものだったが、ただのボディ・ガードにしてはいい物に乗っていると、アンジェリークは密かの思っていた。
 名門サヴォイホテルの駐車場に車を停め、アンジェリークが助手席から出ようとしたその瞬間だった。
「危ねえ! 出るな!!」
 アリオスに、半ば引きずられるようにして彼女の体は助手席に沈み、難を逃れる。
「いいか、ここから動くな!! アンジェリーク!!」
「うん・・・」
 踏み込むように言われても、アンジェリークは最早動けないでいた。
 アリオスは、銀の髪をふわりと揺らせながら、流れるように車から出ると、素早くホルスターから、サイレンサー付の愛銃・ワルサーPPK/Sを抜く。
「サイレンサー付じゃ、命中率が下がるが、ここはホテルだ、仕方がねぇ!!」
 走り去ろうとするアンジェリークを狙った刺客に、正確に照準を合わせると、表情をを変えることなく、トリガーを引いた。
 叫ぶ間もなく、男は倒れ、そのまま動かなくなった。
 アンジェリークは、その様子を車の中で一部始終を見ており、がたがたと体を震わせる。

 アリオス・・・、あなたは今までのヤードから派遣されたボディ・ガードたちとは違う!! 銃にも、このようなことにも、完全になれている・・・。

「おい、もう大丈夫だ」
 助手席のドアを彼が開けてくれても、アンジェリークは呆然と彼を見つめることしか出来ない。
 彼女の脳裏にひとつの結論が出る。

 ヤードが対処できなくなっていたとしたら、次に出てくるのは・・・

「-----アリオス、あなた・・・、ひょっとしてMI−5(2)の・・・」
 全身が心臓になり、鼓動だけが耳につく。
 彼女の問いに、今更隠しても仕方がないと思ったアリオスは、皮肉げに眉を上げると、冷たい微笑を僅かに口元に浮かべた。
「MI−5じゃねえ、英国対外諜報部MI−6(3)、アリオス」

 MI−6!? 一体、何が私の周りに起こっているの!?

 アンジェリークは、背中に冷たいものが流れているのを感じた----  
中編に続く

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用語解説
1「ニュー・スコットランド・ヤード」・・・ロンドン警視庁。略してヤード
2「MI−5」・・・旧イギリス軍軍事情報第5課、主に国内向けの諜報活動を行う。
3「MI−6」・・・旧イギリス軍軍事諜報第6課。別名・SIS(SECRET INTELLIGENCE SERVISE)対外秘密情報機関


コメント
なんだか急ににエージェントものが書きたくなって、書いてしまいました。
3回完結のお手軽ハードボイルドです。
ジェームス・ボンドでおなじみの、MI−6が舞台の、まあ、少しだけサスペンスなやつです。
だけど、へぼへぼ。
このアリオス、先着一名様にプレゼントだな・・・。
誰も要らないか。